神様は乗り越えられない試練は与えない

池江璃花子選手の2月13日のtwitter画像
池江璃花子選手の2月13日のtwitter画像

 四旬節第一主日の3月10日、当教会で黙想会がありました。指導は米田彰男神父様。著書『寅さんとイエス』で有名なドミニコ会の神父様です。神父様は、聖書における食事の重要性について約1時間半の講話、そして黙想と赦しの秘跡の後のミサの説教で、誘惑について話されました。ギリシア語の原語peirazomenosには、「誘惑」と「試練」との2つの意味があるということ。「誘惑」というと、主の祈りの最後に「私たちを誘惑に陥らせず」とあることが思い出されます。この部分については初代教会の時代から議論があり、ヤコブの手紙にも、神が私たちを悪に誘惑することはないと書いてあるということ。また、トマス・アクィナスによると、誘惑の原因はむしろ、①悪魔、②世、③自分の弱さであるそうです。それに対して、「試練」は神から与えられることがあるとのこと。ヤコブの手紙にも、「試練を耐え忍ぶ人は幸いです」とあるそうです。神父様はさらに、コリント人への第一の手紙の「神は…あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず」(10・13)を挙げました。そして、2月に白血病であることを公表した競泳の池江璃花子選手がtwitterで「神様は乗り越えられない試練は与えない」と綴っていることを紹介されました。神父様の考えでは、これは池江選手が聖書を知っていたというよりも体験から自然に出た言葉であろうということでした。神父様は、池江選手のように病気の人のために四旬節のあいだ祈りましょうという言葉で説教を締めくくられました。

 私たち信者としては神父様の勧めのように病気の人のために祈りたいです。